ピッチャーは野球の試合において、とても孤独感を味わう。
その反面、誰よりも優越感に浸れるポジションでもある。
僕は40年間の野球人生でたった1度だけマウンドから逃げ出したくなった時がある。
それは社会人野球に復帰した31歳の頃。所属チームが軟式野球から硬式野球に移って迎えた最初の都市対抗予選での出来事だ。
チームは新規参入ながら善戦をしていたが、この試合を負ければ都市対抗出場が無くなる一戦だった。
僕はチームのエースを任され、その試合は先発を任されていた。
試合は1点を争うシーソーゲーム。3対4の1点差で負けていた。
自分たちのチームは、会社の軟式野球チームから7名、他の硬式野球部が休部に追い込まれたチームから新規加入が11名、あわせて18名のチームで戦っていた。
チームの監督は当時バルセロナオリンピックで銅メダリストに輝いた渡部さんで、社会人野球界でも有名な投手だった。
その渡部監督は現役兼監督でもあったのでそれまでの試合でも、貫録を見せるピッチングをしていた。
試合は9回裏、後がない状態でチームは2アウトから同点劇を演じた。
延長線へと突入。しかし打線はつながらない。
延長11回、僕は相手打線につかまり1点を失ってしまう。
その後も連打、ファーボウルで1アウト満塁。一打走者一掃という場面に追い込まれていた。
その時、ブルペンを見ると監督がピッチング練習をしており、ウォーミングアップが整っているように見えた。
そして、僕の心理は(監督、申し訳ないです代わってくれませんか?)と心の中で叫んでいた。
しかし、監督は代わるそぶりは見せずベンチへ引き返し、腰を下ろして状況を見据えたのだ。
そこで僕の心の迷いは吹っ飛んだ。が、しかし
一度逃げ出したいと思った心の迷いは拭いきれなくて、最後はダメ押しの2点タイムリーヒットを打たれて試合は負けた。
僕自身、試合が終わってから振り返ったときに、(あの時、代わってくれなんて思わなければ抑えられていたのかもしれない)と反省した。
もう、二度とマウンドから逃げ出そうなんて絶対に考えない。与えられたマウンドは代えられるまで自分の責任だと強く心に決めた。
翌年の秋、日本選手権予選があり、本大会出場まで残すはあと1つ、決勝まで進んだ。
僕は先発を任され、去年の悔しい思いのリベンジを誓った。
試合は1点を争う展開。僕が与えた点はホームランによる1点のみ。
1対1のまま試合は延長戦に。
延長10回の時は腕がつってしまって、攻撃中にマッサージを受けてマウンドに上がった。
結局試合は延長16回チームが1点を奪ってくれて、その1点を守り抜いた。
去年の経験が僕を勝利に導いてくれた。
【諦めない心と自分を信じる心】
この二つを常に頭においてピッチングをしてきた。報われた瞬間だった。
前にピッチャーが投げないと試合は始まらないと書いたがこれは究極の原点。
試合が始まってしまえばピッチャーは投げるしかない。
そこから逃げ出すわけにはいかないんだ。
だからこそ、相手がどうであろうが考える必要はない。
ピッチャーは只々、自分を信じて、自分をコントロールして、自分の投げれるボールだけを諦めずに投げ込めばいい。
自分の手からボールが離れたら、その後の事はもう自分にはコントロールできないのだから。自分の出来る事は、自分を信じて一生懸命キャッチャーミットめがけて投げ込むだけだ。
これからピッチャーをする君へ
・ピッチャーが投げなければ試合は始まらない。
・コントロールできるのは自分自身だけ。
・ボールが手から離れた後の事は考えるな。
・自分を信じろ。
・最後まであきらめるな。
このことを常に自分に言い聞かせていればマウンドに立つことは怖くない。
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